中田英寿と日本代表

サッカーファンなら誰もが知っている。
中田英寿は、マイアミの奇跡やジョホールバルの歓喜を呼び込んだ。
日本代表の中心選手として。
中田が日本代表の選手として結果を残してきたのは、彼の実力はもちろんだが、三浦知良ら先輩選手の助けもあってのことだろう。
確かに、試合になれば中田は、年功序列を重んじる体育会系の輪の中でも、年上のチームメイトにも敬語などは使わなかった。
それでも、ピッチの外ではしっかりとした人間関係を築いていた。
三浦知良などは、中田がチームに溶け込めるように気を使い、本人もそれに応えていた。
2002年日韓ワールドカップでは、ベテランの中山雅史や秋田豊が率先してチームの雰囲気作ったことは広く知られている。
しかしそれ以降、中田英寿にとって日本代表は心細い無人島のような存在になっていたように思える。
連日放送される、たった一人の練習風景。
真意はわからないが、止まないチームメイトとの不仲説。
ミッドフィルダーだけでなく、ベテランというポジションに立った中田だったが、同じ目的を持った仲間と、同じ気持ちになることは最後までできなかった。
引退後にこんな活字を目にした。
「中田、無視されていた」 中田は日本代表を、「特別な場所」と、表現していた。
だからこそ、全てに真剣に向き合い、彼は彼なりのやり方で、チームという紐を精一杯引っ張り続けた。
しかし、絡まってしまった紐は、そう簡単には解けなかった。